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2018年06月06日

【浴衣特集】地域の偉人が描いたご当地浴衣「蕗谷虹児浴衣プロジェクト」

没後25年経った現在でも待望論の根強い政界の怪物「田中角栄」生誕の地、
新潟県刈羽郡(かりわぐん)西山町(旧 二田村)で生まれた私が、ひょんなことから、
縁も所縁もないこの月岡の地、月岡温泉 摩周にやってきたのは10年前。

正直に言えば、それまで月岡温泉のことは聞いたことがある程度でほとんど知りませんでしたが、
今ではその地でさまざまな活動をさせていただいているのは、改めて考えると不思議な感覚です。

月岡温泉

 

月岡温泉は、大正4年に石油採掘目的で掘られた井戸から噴出した温泉で、
2014年に開湯100年を迎えた温泉です。


 

 

『硫黄成分濃度の高さで知られ、その含有量は群馬県の万座温泉に次ぐ日本で2番目の含有量を誇り、
しかも硫黄泉としては珍しい弱アルカリ性であり、湯上りはしっとりスベスベのお肌になれる、肌に優しい硫黄泉として多くの女性から親しまれてきました。』

……と言うのは、近年の謳い文句で、全国各地の温泉街と同じく、
高度経済成長期に「歓楽街」として発展した温泉地です。

当時は芸妓さんの数も150名を超え、
各所で毎夜のように大宴会が繰り広げられたと聞きます。

1980年代バブル期にかけて、市場のニーズ(団体バス旅行)に応えるように宿泊施設が大型化。
それに伴い、土産品や遊戯場など街が持っていた機能や役割を宿泊施設内に組み込む動きが各地で進みました。

これはホテル旅館が利益とお客様の満足を追求する為に行ったことで、
徐々にホテル旅館内で温泉街での歓楽を完結出来るようになって行きました。

その動きは温泉街の各店舗に大きな打撃となり、多くのお店は縮小や廃業を余儀なくされ、温泉街は賑わいを失い疲弊してきました。
ただそれは、市場のニーズに応え満足度を向上させるという営業活動においては、
正しい行為だったのだと思います。

 

 

しかし、時代のニーズは恐ろしいほど早く変化します。
その、ホテル旅館を潤し、結果的に街を疲弊させた「団体バス旅行」が激減し始めます。
嗜好やライフスタイルの変化によって、旅行形態は「個人型旅行」へ一気に変わりました。

個人旅行と団体旅行との大きな違いは、個人に行き先の選択権があることです。
誰かが決めた場所へ行くのではなく、自身が決めた好きな場所に行くということです。
旅館の中だけで、間接的に決められたコトを楽しむのではなく、自身の感性や嗜好で、近くの町や周辺のさまざまなモノやコトを感じたい方が増えたわけです。

多くの温泉地にとって、それは正に悲劇です。
ニーズに合わせて宿を大型化し、結果、街も疲弊させてしまったにも関わらず、
短期間でお客様達の価値観が激変してしまい、逆に宿周辺の温泉街を楽しみたいというニーズの方が上回ってしまった形です。

 

しかし、温泉街には何もありません。
何故なら旅館が役割を吸い上げてしまっているからです。

これはお客様にとっても、悲劇なのかも知れません。
この出来事は、月岡温泉だけでなく、日本全国の温泉街で同時多発的におこりました。
そして、市場のニーズに応えられなくなった旅館は激減。月岡温泉でも40軒以上あった旅館の数は、20年で13件となりました。

 

賑わいを取り戻すために

 

全国各地の温泉街では賑わいを取り戻す為、さまざまな取り組みが行われています。
効果があることも、無いことも当然ありますが、そこにはどのような違いがあるのか……

その中で私が至った1つの答え、それが「役割の再分配」が行なわれているかどうかです。

 

 

地域が疲弊した最も大きな原因の1つが、先程の旅館への一極集中です。
それは、全ての役割を旅館が持ち、そこから溢れるものを温泉街が享受するような構造です。

これは右肩上がりの市場であれば成り立つモデルですが、現在の社会状況には即しません。
さらに、多様化する消費ニーズに応えられる構造でもありません。

その市場の急激な変化に対応出来ずに淘汰が進んだと考えられます。
その為、その役割の一つ一つを温泉街に還し、地域としてのお客様の流れやモデルを作り直すような取組みの必要性を感じました。

そして、その地域が持つ多様性こそが、これからさらに加速するであろう時代の変化にも対応し得る底力のように思います。
賑わいの創造には、役割の持ち方の変化によって失われた「多様性」を取り戻すことが先決なのだと考えました。

 

幸いにも月岡温泉では、若手旅館経営者の方達のグループが、
町興しとしてお土産物屋さんなどの店舗を何店かオープンされていましたので、
その「点」を繋ぐ「線」を引くような動きを行なうことで、相乗効果が得られると思いました。

 

蕗谷虹児との出会い

 

蕗谷虹児(ふきやこうじ)は、月岡温泉のある新発田市で生まれた叙情画家で、
晩年の代表作『花嫁』は、郵便局の「ふるさと切手」にもなり日本一の販売枚数を記録しました。

結婚式の案内状などでご覧になられたことのある方も多いのではないでしょうか。
その他にも、作詞家、挿絵画家など、その活動は多岐に亘り、日本アニメーションの祖とも言われ、手塚治虫や宮崎駿にも影響を与えたと言われています。


 

 

 

 
 

私は月岡温泉へ移り住み、旅館で働く為に、近くの観光地を色々調べました。
その中で「蕗谷虹児記念館」の存在を知りました。それが私と蕗谷虹児との出会いでした。

最初は、この地域出身のそういう方がいるという程度の認識でしかありませんでしたが、
実際に記念館を訪れて見た時に、その印象がまるで変わりました。
繊細に書き込まれたペン画や、色鮮やかな童話の挿絵、パリ時代に描かれたモダンな絵画など、作品の数々。

そして、何度目かに訪れた際に、記念館の長谷川館長直々にさまざまなご説明をいただき、その魅力に引き込まれました。

「こんな素晴らしい観光リソースがあるのに、世の中にあまり知られていないのは勿体無い」と思い、
それからは、何かそれを発信する方法や、感じていただく術がないか、いつも考えていました。

温泉旅館や温泉街、そして蕗谷虹児の共通点は何か……

そのポイントが分かれば、そこを起点に広がりのある取り組みが出来るのではないかと考え、長谷川館長と意見交換をさせていただいていた時に
「以前こんなものを作ったことがある」と言って、ある浴衣を見せていただきました。

それは、虹児が描いた作品の中の柄を復元した浴衣でした。

 

「これだ!」と思いました。

多くの旅館では、館内を浴衣で過ごします。
その浴衣を虹児が描いた柄で作り、それを着て温泉街の街歩きをしてもらったら面白いのではないかと考えました。

 

その地域の偉人が描いた柄やデザインのご当地浴衣を着て、その地域を散策する。
正にその地域でしか出来ない体験であると同時に、温泉街に新しく出来始めた店舗(点)を繋ぐ「線」の役割になるのではないかと思いました。

そして、蕗谷虹児浴衣プロジェクトをスタートさせました。

 

こだわりぬいた蕗谷虹児浴衣

 

まずは、虹児の柄(作品)の使用許可をいただくところから始めました。

蕗谷虹児の作品は、ご子息の蕗谷龍夫さんが使用権をお持ちになられていると伺いしましたので、直接お電話をさせていただきました。

龍夫さんは、お父様の作品をとても大切にされておられますので、色々なグッズなどへの作品の使用にはシビアな方と伺っていました。
どんなお返事をいただけるのか非常に不安でしたが、

温泉街や地域に元気を取り戻したいこと、虹児の素晴らしい作品をもっともっと沢山の方に感じていただきたいことなど、私の思いを説明させていただいたところ

「そういうことであれば。」と、快くご了承いただきました。
また、長谷川館長の計らいで直接お会いさせていただいた際にも「頑張ってくださいね。」と励ましのお言葉もいただけ、とても感激したことを思い出します。

 

 

現在、旅館で使われているほとんどの浴衣は、
メーカーさんが作ったデザインをプリントして作る量産型の物がほとんどです。
基本的には、夏が近くになると量販店さんなどで売られているような廉価型の浴衣と同じです。

しかし、虹児が描いたものは「芸術」ですので、チープな物を作っては虹児にも龍夫さんにも失礼だと考えていました。

そこで、虹児が多くの作品を残した大正時代や戦前までに実際に日本で使われていた製造方法で浴衣を作成することで、
より上質な仕上がりとなり、それを着られる方が、その地域らしさだけではなく、
日本の和装文化も感じていただけると考え「本物」を作ることにしました。

 

私は浴衣に関しては完全に素人でしたので、
着物屋さんからさまざまなアドバイスをいただきながら進めました。

そして、どんな物が良いのかを検討している中で「注染(ちゅうせん)」と言う染技法が、大正時代には一般的に使われていたことを教えていただきました。
しかし、プリント技術の発達と共に、手で染める「注染」は使われなくなってしまい、
現在ではその技法で反物を作れる所は、全国で3軒しかないことも分かりました。

 

当然、それが出来る職人さんも少なく、希少価値が高いこと。
しかし、仕上がりは抜群に良いことも教えていただきました。
そして、ここまで拘るのなら……という事で、仕立も当時のやり方、
つまり、手縫いで仕上げることにしました。

 

結果的には、浴衣1枚あたり6~8万円程の制作費がかかることになりましたが、
それでも本物を作ることに意味があると考え、その流れは変えませんでした。

その結果、職人さんのおかげで、柄はプリント仕上げとは全く異なり、
少しだけ縁がにじむような線の柔らかさ、そしてミシンではなく手縫仕上げならではの着心地の優しさ、
人のぬくもりがこもった素晴らしい浴衣が完成し、多くのお客様に喜んでいただくことが出来ました。


 

 

作成した柄は「梅」「孔雀」「葡萄」「創作花」と全部で4種類。

これは、プロジェクトにご協力いただいた皆さんにご意見をいただきながら、決定しました。
虹児らしさが伝わること、さまざまな好みの方に合わせられるよう、
色合いなどが被らないこと、最近の流行などなど、さまざまな観点から選定しました。

龍夫さんからは「どれも良いね。中でも孔雀が一番親父らしい。」との言葉もいただきました。
アーティストである虹児の多種多様な柄はどれも捨てがたく、
その中からの選定はとても厳しいことでしたが、
もっとこの取り組みを広げていく前提で「まずは」と言うことで4種類に絞りました。


 
 
 

地域活性化とお金のこと

 

このプロジェクト、温泉街の活性化の取組みには、本当に沢山の方にご協力をいただきました。
その中で忘れてはいけないことが、「お金」のことです。

活性化とは経済的側面が多く、きれいごとだけでは行えないのが現実です。
昨今では、補助金や助成金頼みの事業が非常に多いですが、初動のコストよりも継続的な熱量の方が町興しには重要だと考えていましたので、補助金などに頼らない運営の実現を目指しました。


 

 

このプロジェクトは、旅館を訪れた方々が浴衣で温泉街の街歩きをしてもらい、
賑わいが生まれると同時に、お土産を買っていただいたり、飲食をしてもらう事でお金の流れが生まれ、街が元気になるというモデルです。

ですので、この浴衣を着ていただいた方には各店舗で使える500円分の金券を差し上げると言う、消費の呼び水になる仕掛けも作りました。
その金券が使える店舗という事で、約40店舗の皆さんにご参画いただきました。

 

しかし、店舗さんに500円の割引を強要してしまっては、お金の流れが淀んでしまいますし、何より負担が大きくなります。
そこで、その金券の原資は、お客様からの浴衣のレンタル代から賄うことにしました。

ただ、レンタル代が高くなってしまっては、着ていただけない可能性が高まり本末転倒ですので、
レンタル料は、旅館の一般的な色浴衣(貸浴衣)の相場に合わせて1000円としました。
その中から500円を温泉街での消費に当てる形です。

 

 

そして、その中からさらにクリーニング代も捻出します……が、
特別な作り方をしていますので、普通にクリーニング店さんに願いすると1枚1500円はしてしまいます。
しかし、地元をこよなく愛する熱いクリーニング店「三栄ドライ」の井澤社長のご協力で1枚500円で、クリーニングをしていただくことが出来ました。
本当にありがたいお声がけでした。

そのお礼として、三栄ドライさんの常連のお客様向けに摩周の入浴券を発行させていただく事で、ボランティアではなく経済としての活動であることを担保しました。

ボランティアも良いですし、ありがたいのですが、
一方通行であるボランティアには継続性がありません。近い将来必ず破綻します。
ですので、双方にメリットがある形をとらなければなりません。

そのおかげで運営自体は廻すことが出来ますが、このプロジェクトをすることで、
摩周(自社)には金銭的なメリットは何も無いことになります。

しかも、浴衣の作成費も自己負担になってします。
それはそれで、街が元気になってくれれば良い、という考え方もありますが、
営利団体である以上、その本懐を逸脱してしまうと結果が伴わないことが良くあります。

ボランティアなど非営利の役割もあれば、営利の役割も当然あります。
そこのすみ分けは非常に重要だと考えていました。

 

そこで、このプロジェクトをクラウドファンディングに公開して、金銭的な支援も募りました。共感による資金援助です。
その結果、作成費全額とは行きませんでしたが、大変多くの方から応援をいただき、
約60万円をご支援いただくことが出来ました。


https://zenmono.jp/projects/67
 

そして、この地域の偉人の作品を使って、
地域の皆が取組んだ一つの地域振興のモデルとして、それをプレスリリースしました。

このあたりは少しテクニカルな部分でもあるのですが、読売新聞、毎日新聞、観光経済新聞、新潟日報、トラベルニュース、和装専門誌「七緒」など、
各種メディアへ掲載していただきました。
これを広告費換算すると、恐らく数百万にはなると思います。

 

地域活性化とは、極論を言えばお金の流れを作ることです。
もちろん、想いや情熱が大前提ですが、そのどちらかが欠けても成り立たないのは事実です。

月岡温泉のこれから

 

月岡温泉周辺は、素敵なモノやコトに溢れています。

それらを観光リソースとして発信する仕組みをつくることで、
より沢山の方がこの地域を訪れていただけるように努めて行きたいと考えています。

これは、観光地としてお客様に喜んでいただけるだけでなく、
地元の子供達が観光客の皆さんを通して、自分の故郷に興味をもってくれたり、
郷土愛を育んでもらうことに繋がると思いますし、そうなることを願っています。

それこそが本質的には地域活性化の一番の継続性の肝であり、
本当の意味での地域振興なのだと思います。

月岡温泉 摩周

〒959-2338 新潟県新発田市月岡温泉
TEL 0254-32-2131 FAX0254-32-2230
HP:https://www.masyuu.co.jp/
 
全国2位の硫黄含有量を誇り、硫黄とアルカリが「美と健康」もたらします。
4つの露天風呂、2つの貸切風呂、すべて一切加水を行わず源泉100%です。

平成26年新設の「月美の湯」

名前:庭山忠(にわやまただし)
職種:温泉旅館 支配人
出身:新潟県柏崎市(旧西山町)

ふと気づいたら40代に突入していましたが、人生の中で一番エネルギッシュなのは「今」だと実感しています。
これからも、もっともっと色々なことにチャレンジをして、最後の瞬間が一番充実している人生を送りたいと企んでいます。
近年は、地域振興の取組みを積極的に行なっています。

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ふたりごと文庫編集長 浅野有希

ふたりごと文庫編集長 浅野 有希
産業能率大学3年生。
大学2年生の時、ニッポン手仕事図鑑のインターン生として参加し、
2周年感謝イベントや期間限定ショップのスタッフとして活動する。
現在は「日本の地方の魅力を伝える仕事」に就くため、日々猛勉強中!

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