ふたりごと文庫 みんなの「”あの人”に知ってほしい!」をつなぐオンラインマガジン

みんなの「”あの人”に知ってほしい!」をつなぐオンラインマガジン

> ふたりごと文庫一覧

2018年08月29日

【連載】#3『ボランティアは二の次』であることのこだわり

この記事をちょうど執筆している現在、テレビで見ない日はないというほどボランティアという言葉が連日取り上げられています。
西日本豪雨から始まり、ハイライトは行方不明になった幼児を見事に見つけ出して一躍脚光を浴びているスーパーおじいちゃん。

特にこの強烈なキャラを持つスーパーおじいちゃんに関しては、社会に恩返しの意味も込めて、引退後から数十年間各地のボランティアを渡り歩くというプロのボランティア(意味わからない)の方で、本当にニュースを見ていてもただただ感心するばかりです。

すごいなあ。

 

『ボランティア=自己犠牲』が地方を停滞させる。

 

あれ、ついさっき感心していたところなのにタイトルネガティブじゃない?

そうですね。スーパーおじいちゃんがとても素敵な人物だということには全面的に賛成ですが、
だからといって『これぞボランティアの鑑!』というメディアの煽り文句に覚えた強烈な違和感に目をつむるわけにはいきません。

前回の記事で少し地方のボランティアへの想いを書かせていただきましたが、まさにこのメディアの煽り文句にこそ、
ボランティアは二の次にしなければ真の意味での持続性のある地域活性はできないと感じる所以があります。

地方の課題は、きれいごとでは片づけられません。

 
 

そもそもとして、自己犠牲とボランティアは違います。

阪神淡路大震災のころから日本にもボランティアという考え方が輸入されましたが、欧米のそれとは少し違った形で世の中に広まっていきました。
それはつまり、ボランティアとは自己犠牲の社会奉仕精神だという考え方です。

NPO法人は金稼ぎをしない組織という認識もそうですが、日本では社会の為になることとはお金にならないこと、という考え方が一般的です。
欧米ではNPO法人のトップはお金持ちです。つい先日ノーベル賞平和賞をとった世界的なNGO団体もしっかりとお金をもらって活動しています。

「価値のある活動をしているのだから対価をもらって当然」という考え方が、欧米の主流なのでしょう。
だからといって、無償ボランティアがないというわけではありません。もちろんあります。
ただそれは、経験や人脈や名誉や満足感など何かしらの対価をもらうからお金はもらわないということです。

 
 

なるほどなるほど。

そう言われれば、日本でいうボランティアも一見自己犠牲の活動だけれども、
その意味では経験や気持ちの面でなんらかの対価は受け取っている気がする
な。

私もそう思います。
ボランティアを行う主たる動機が何であれ、事前に想定しているかどうかに関わらず、
少なからず何かしらの対価は受け取っているように思われます。
少なくとも、私自身はそうです。

だからこそ、です。
『ボランティア=自己犠牲』などというのは、極端に言えば事象の一面を切り取っただけの恣意的なキャンペーンです。

 
 

まあまあ落ち着いて。
百歩譲ってそうだとしましょう。
でも、だからといって別にそれに騙されて損害を被っている人なんていないんだし、別にどっちでもよくない?

もちろん誰がどう思って行動していようが、他人には関係ないことです。
どんなに打算的だったとしても、結果としてその行動が社会的に良いことをしているのであれば、むしろ奨励されることです。

ただ、こと社会的な風潮に関しては『ボランティア=自己犠牲』が主流であるゆえに弊害が引き起こされることが、確かにあります。

(ボランティアは『二の次』。つまりメインではないだけど、やるべきこと。)

 

想いは薄まる。お金は続く

 

『想いは薄まる。お金は続く。だからいなくなるならお金が回る仕組みを残せ。』

これは真庭である方に言われた言葉です。

僕が任期を終えたら復学の為に東京に帰るということを前提に活動していることに対して、
今自分がいるから打ち上げられる花火をあげてばかりではなくて、持続性を求めて活動しなさい。
でなければ、お前の真庭での活動はうたかたの夢として過ぎ去っていくぞ。
というような主旨で言って頂きました。

この言葉にはハッとさせられました。

 

自分の想いを受け継ぐ後継者へと代々バトンをつないでいくようにします。
と言いたいところですが、それは所詮きれいごとです。

世の中同じ人が一人もいない以上、受け継ぐたびに思いは変わっていくのは変えようのない事実です。
もし仮に自分のクローンをつくろうと頑張れば、むしろ代を重ねるごとに劣化版が作られていき組織は弱体化していきます。
例え90%のコピーでも、0.90の5乗は約0.6。5年目にはほぼ形骸化しています。

だからこそ想いを残そうとするのは前提として、
ちゃんとお金の流れが発生して土台がしっかりと引き継がれていく必要がある
のでしょう。

なんだかあまり気持ちのいい話ではありませんが、事実そうだと言わざるを得ません。

 
 

ボランティアにおいても同様です。
『ボランティア=自己犠牲』が広まるということは、想いの部分だけを取り上げていくということになります。
もちろん最初は想いだけで活動していたかもしれませんが、想いは薄まります。つまり、その活動に持続性はありません。

ボランティアによってどんな対価が得られるのか。

こんな人脈が手に入ります、エントリーシートに書けます、たくさん感謝されて気持ちいいですよ、名誉欲を満たすことができますよ、などなど。
お金ではありませんが、そういった対価の部分ももっと示す必要があるように感じます。
そう言うと、なんか嫌なやつみたいですが。

現状、地方の過疎地であればあるほどボランティアに大半の地域活動を頼っています。ボランティアが一切来なくなったら続かないこともたくさんあります。

だからこそ、困っています、助けてくださいという想いの部分だけではなく、この地域に関わってくれたらこんないいことがあるよという対価の部分を示すことは、本当に死活問題です。
そしてそんな死活問題をヨソモノがきれいごとで批判するのはあまりいい状態とは言えません。

(お金という評価基準を媒介しない価値そのものの交換は、地方社会の方が得意かもしれません。)

 

『三方よし』の地域活性化をめざす。

 

ボランティアの原義を問うのは確かに少し西洋かぶれなところもあるかもしれません。
ただ日本にも少し趣は異なりますが、『売り手よし、買い手よし、世間よし』という『三方よし』の考え方はありました。

私は、今の地方にこそこの三方よしの考え方が強く必要とされていると思っています。

地域おこし協力隊の活動をしていても、どうしても『売り手よし』が抜けてしまいます。
僕自身を見ても他の隊員の方々を見ても、誰々の為に、地域の為に、というキレイな理由に逃げてしまうことは多々あります。
でも、いくら誰かのためになるからと言って、自分がつらいことばかりをしていては持続性がありません。

今の地方の現状に必要なのはきれいごとではなく、三方よしの価値の循環です。
別に大金を動かす必要はありません。
少額でもお金でない価値でも、ちゃんと対価をもらってお互いの為になる活動を目指していかなくてはならないと感じます。

(ゆーまにわも稼ぐ力を付けたい。実際に出店してみて商売は実地で学ぶことばかりです。)

だからちゃんと『win-winのビジネス』

 

ゆーまにわのツイッターやフェイスブックのプロフィール説明欄には、『win-winのビジネス』という文言を入れています。
このビジネスという言葉には、お金に限らず与えたものに対して正当な対価をもらえる、
逆に言えば対価にふさわしいだけの価値を相手に提供できることを目指すという意味を込めています。

至極当然のことですが、相手が学生となるとこの部分が無視されていることは多々あります。
学生ボランティアだからなどというのは言い訳にはなりません。
自分たち学生、地域の方々、地域社会の全て対して等価交換ができる対等な関係である。

このバランスが一つでも崩れていたら、そこに健全な持続性はないでしょう。
持続性がないということは、その場の自己満足です。
三方よしではありません。

当然、対等な関係というからには悪い意味でも学生だからという言い訳も通用しません。
活動に責任が伴うことも、意識しなければなりません。僕も含めてまだまだ至らない点が多々あり反省の毎日です。

(学生団体が学生のインターンを受けたら面白いな。それだけのノリで夏季長期インターンを受け入れます。誰かの数十日を預かる。この意外と大きな責任を最近感じています。)

 

地方の未来は明るい

 

ここまで数回に分けてゆーまにわの活動を通して見えた地方社会について、『ワカモノ』というキーワードを軸に考えてきました。

あくまで全て今の私が思うことを書かせていただきました。
明日には何か大きなことが起きて、180度別の考えになっているかもしれません。
ある経営者の方は、「ビジネスは常に変化する状況に対応しなければならない。朝令暮改は大いに結構。」とおっしゃっていました。
この潔さが私は大好きです。

ぜひこれを読んで下さった皆さんとも、機会があればご一緒に語り合いたいなと思っています。
その時には、私が全く違うことを言っているかもしれませんが。

 

名前:橋本隆宏
職種:地域おこし協力隊
出身:栃木県出身

人生を面白くすることを目指しています。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ふたりごと文庫編集長 浅野有希

ふたりごと文庫編集長 浅野 有希
産業能率大学4年生。
大学2年生の時、ニッポン手仕事図鑑のインターン生として参加し、
2周年感謝イベントや期間限定ショップのスタッフとして活動する。
現在は「日本の地方の魅力を伝える仕事」に就くため、日々猛勉強中!

ふたりごと文庫にご興味の有る方、記事を書いてみたい方は
こちらよりお気軽にご連絡くださいませ。

本が発売されました!
NEW SERVICE
SPECIAL THANKS

ニッポン手仕事図鑑公式ツイッター

ニッポン手仕事図鑑公式Instagram