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ふたりごと文庫 みんなの「”あの人”に知ってほしい!」をつなぐオンラインマガジン

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2019年03月29日

受け継がれてきた感性を信じ、酒造りをする

豪雪地域である奥信濃、飯山に、
原料と手作りにこだわった地酒、「水尾」があります。

ふたりごと文庫編集部は「水尾」を造る田中屋酒造店に行き、
6代目、田中隆太さんにお話しを聞きました。

 

 
 

「水尾」の歴史

 

田中屋酒造店の創業は明治6年。田中さんで6代目です。
田中さんの家系は江戸時代にまでさかのぼることができ、
酒蔵を始める前、だれがどんな仕事をしていたのかまでお話ししていただきました。
とても歴史のあるお家です。

明治6年に地酒を作り始めたのですが、
最初は「水尾」という名ではなく、「養老」という名でした。
田中さんは「養老」という名に古いイメージを持ち、岐阜の酒だと勘違いされるため、
平成4年ごろに現在の看板商品でもある「水尾」という銘柄を立ち上げました。

酒造りに欠かせない水と米も変えました。
昔は井戸水を使っていましたが、飯山は雪が降る地域のため、
消雪パイプを作ろうと役場の方がつぎつぎに井戸を掘っていき、
酒造りに使っていた井戸水はだんだんと涸れて水質も悪くなりました。

悩んだ末、水を変えようと良い水を捜し歩き、15キロ北の野沢温泉村一角、
虫生という農家の方が昔から使っている井戸水にたどり着きました。
水質も味もよく、今ではトラックで年間200回程汲みに行きます。

米も良いものにしようと徐々に良いお米に。
今は“金紋錦”と“ひとごこち”というお米を使っています。

実は飯山、米作りに最適地でした。
飯山、野沢温泉、木島平、栄村の4市村で作っている米をコンテストに出すと、
4千軒中40軒の優秀賞の中に、5〜10軒ほど入るのだとか。
コンテストに優秀賞として殿堂入りしてしまうほど米作りの技術が高く、
とてもおいしいお米のとれる地域だったのです。

このように、試行錯誤をしながら、地元の水や米にこだわり、
おいしいお酒を追求し、伝統を守りつつも
改良しながら受け継いでいます。

 

地域に根差した味

 

 

流行りに合わせた酒造りがあまり好きじゃない。
東京にいた時は吟醸酒が大好きだったが、
こっちに帰ってきて1年くらいこっちの食生活してたら全然だめになった。
という田中さん。

飯山地域の美味しいお米食べておいしい野菜食べる食生活、
雪の中で暮らして、この環境の中で暮らしていると
何か味覚的な好みが変わってくるのだと言います。

「水尾」の味のこだわりについてお話しいただきました。

もっとシンプルなものが欲しくなる。
香りで言うとゴージャスで華やかなものでなくもっとナチュラルな香りが良い。
毎日飲んでも飽きないようなお出かけの服でなくて普段着の味わい。
そういったお酒を造れるように酵母や作り方を選んでいきます。

水尾はすっきりしているように感じるけれど、うまみがある。
透明感のあるうま味のある酒造りをしたいんです。

透明感のある水のようなお酒っていうのは、カメレオンのようなお酒。
人間の香りの組成みたいなものと自然に溶け合うものが
最も透明感のあるお酒なのではないかと思います。

甘いだけのものはあきてしまう。
甘みを減らすにはうまみでカバーすれば良いんです。
うまみの正体は苦みや渋みで、その苦みや渋みが飽きの来ないポイント。
だしもそのままは苦い。
酒もそういったうまみをどういうように表現していくかっていうのが
透明感のある自然のお酒をどう作るかに関係していくと思うんです。

「この地域の人たちは吟醸酒が苦手」と話す田中さん。

この地域で食べているものや風土に基づいた個性のあるお酒を造れれば、
お酒としての存在意義が小さなメーカーにもあると思うんです。

大事なのは世間で良いと思われているものではなく、
自分で良いと思ったものを選択しようとする力。

世間の中の成功体験を真似するのは簡単なことでどこかテキストにも書いてあることだけど、
試行錯誤の中で良いものを求めたり、自分の感覚を信じるしかない。

その人の価値観を磨き上げていくしかない。
自分がもっているものは結構決まっているので、
自分の持っているものの中の個性みたいなものを磨く作業しかないんですよ。
真似しても追いつけないんです。
だけど、自分しか持ってない、地域しか持ってないもので勝負しよう、
それを磨いていこうと思うと、追いつけるというよりも違う土俵に立つことができます。

ただ、注意すべき点は個性があるということと
クオリティが良いということは別でかんがえること。
ある一定のクオリティを超えなければ個性は欠点でしかない場合もある。土俵すらできない。

 

手仕事を受け継ぐ

 

 

田中屋酒造店さんは比較的若い方が多く働いています。
大卒の方もいますが、地元の高卒の方が多いのだそう。
そんな田中屋酒造さんに技術を受け継ぐことに対する考え方をお話しいただきました。

高卒ですぐ働きたい人で酒造りに少し興味あるなという人が来る。
あえて酒造りがしたいと入ってくる人は少ないけれど、
そこが良くて、フラットな気持ちで入った方が良い。
まっさらな状態の方が価値観を共有しやすく、同じ価値観で働けることが重要なんです。

大学の醸造学科で学ぶのも良いが、限界があるので、
実地でやって学んだ方が絶対に良い。
高卒で酒造りを始めた人も今では10年以上のベテランですよ。

うちでは精密な数字分析をしているけれど、
その分析結果を優先に作るのではなくて、
優先にするのは手触りや手仕事で感じる感覚。
その感覚を優先にして分析グラフとずれていってしまっても、
そのずれがその年の正解だったりする。

例えば、蒸米をひねる作業は非常に重要なんですけど、
最近はほとんどそういうことをやる蔵はなくなってるみたいですね。
実際ひねってみると、だんだん数字では得られない情報がいっぱい分かるんです。
酒造りに必要なのは、技術者というよりは職人。
伝統的に引き継がないといけない技術なんです。

他の造り酒屋って技術的の受け継ぎがされないまま若手に受け継いでしまうことがあるんです。
年代の高い杜氏と20代になって受け継ぎにもどってきた若手との間の人がいなくて、
年代の高い杜氏が直接若手に伝えようとするとなかなか話が伝わらない。

というのも、年代の高い人は体感で覚えろと言われてきたので、伝え下手なんです。
本当は次々に技術伝承して次の50代、次の40代と伝えていかないといけなかった。
そうしないと業界が技術の伝承が十分にできずに疲弊していってしまう。

年代の高い杜氏と若手の間に入る通訳のような存在が必要だと思うんです。

杜氏さんがこのぐらいが良いんだよと言ったこのくらいを
なんとか若手に言語化して伝える努力をしています。
うまみも理解するにはうま味の成分は数字では出ないので意見交換をしたり
感覚の部分をしっかりと共有しなくてはならない。
また、教わる方も教えてくれる人を信じなくてはならないんです。

信じ切れるまでは教わることはできないのだと田中さんは言います。

盗んで覚えろと言う昔からの教え方ではなくて、
若いうちからきちんと価値観を共有し、
受け継いできた伝統技術を正確に理解してもらうことが
確実に受け継いでいく大事なことなのだと思いました。

手触りや香り、その土地で長く生きている杜氏さんの感覚は
学校では教わることができません。
実地で得られることは非常に多く、数字では表せない感覚を身に付けることこそ
職人の技術伝承なのだと思います。

今回田中屋酒造の田中さんにお話しを聞き、
自分の持っているものを磨いていけば良いという言葉にはっとさせられました。
人が持っているものを羨ましがってばかりで、自分が今何をもっているのかすら
考えていませんでした。土俵が違っても良い。
自分の良いと思った感性を大切に生きようと思いました。

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